病名に地名をつけることの悲哀

世界地図に載る日本人の名前のついた日本国外の地名はたった2つ。間宮海峡はシベリアと樺太の間の狭い海峡で、間宮林蔵が発見した。高木岬は南極大陸の小さな岬であり、脚気の原因を臨床疫学的につきとめた高木兼寛(東京慈恵会医科大学の創始者)にちなんで名づけられた。

ノルウェー疥癬という重症型(角化型)疥癬がある。何も、ノルウェーに多いわけではない。たまたま最初にみつかった患者がノルウェー人の船員だったということ。ノルウェーにとって実に不名誉なネーミングだ。スペイン風邪、ロシアダニ媒介脳炎、西ナイル脳炎、ロッキー山紅斑熱、エボラ出血熱、マールブルグ熱、クリミア・コンゴ出血熱、韓国型出血熱、アフリカ睡眠病、タイ肝吸虫症、メコン住血吸虫症、東洋眼虫症、マレー糸状虫症、アメリカ鉤虫症、北米ブラストミセス症など地名のついた疾患には感染症が多く、現役で使われている。水俣病を誇りに思う水俣市民はいないだろう。蒙古斑、蒙古症、シャム双生児などが、差別用語としてすでに禁句になっているのと対照的だ。

日本を冠した感染症は3つ。日本脳炎、日本住血吸虫症、そして日本紅斑熱。徳島県阿南市の馬原文彦博士の発見したマダニ幼虫媒介性の日本紅斑熱の報告は日本国内に圧倒的に多い。日本脳炎の発生は西日本にわずかに残る程度。広島県片山地方に多いため「片山病」とも称された日本住血吸虫症がわが国から制圧されて50年近くが経過する。では、これらの疾患はもはや問題ではないのだろうか?いや、蚊が媒介する日本脳炎はインド・マレー半島を中心に子どもたちが多数死亡しているし、淡水性巻貝が中間宿主となる日本住血吸虫症(通称、シスト)は中国の揚子江流域やフィリピンのレイテ島・ミンドロ島などでいまだに猛威をふるい、数百万人の成人患者と多数の死者を出している。戦後、毛沢東が鳴り物入りで行った日本住血吸虫症対策の失敗は歴史に残されている。ウシの感染率が高いことが問題だった。これら地域はいずれも、戦時中日本軍が支配した地域だ。これら地域の住民は「日本」の冠された死病をどのように理解しているだろうか。日本兵がもってきた病気で、自分たちの仲間が苦しむのは日本のせいだと思っても不思議でない。

著者は、友人である馬原文彦先生にクレームをつける。「先生、どうして馬原紅斑熱にしなかったの?」日本紅斑熱はすでに、韓国やタイから報告されている。みなさんが将来、何か新しい病気を発見したときには、地名ではなく、堂々と自分の名前をつけましょう。

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